『機動戦士ガンダム』における思想的背景の一つ「ジオニズム」は、もともとジオン・ズム・ダイクンによって提唱された理念であり、宇宙移民者(スペースノイド)の自治権拡大と地球環境保全を掲げた、脱地球中心主義の思想であった。
しかし、ダイクンの死後、ジオン共和国の実権を握ったザビ家は、この理念を権力掌握の正当化装置へと転用し、思想の内容は覇権主義的な方向へと変質することとなる。
本稿では、ザビ家がいかにしてジオニズムを変容させ、一年戦争を含む宇宙世紀の抗争へと至る思想的土壌を形成したのかを、政治思想史の観点から読み解いていく。

画像引用元:雑誌『ガンダム・ファクトファイル』創刊号より引用
©ディアゴスティーニ
ジオニズムの原型、ダイクンが願った理想
コントリズムとエレズムの融合思想
ジオン・ズム・ダイクンが構想したジオニズムとは、以下の二つの柱を基盤とする包括的な理念であった。
- コントリズム(サイド国家主義思想):スペースノイドによる自治と、政治的自決の権利を認める思想
- エレズム:地球環境の保全を目的に、人類が地球から宇宙へと移民すべきとする倫理的指針
これら二つの思想は、「人類の進化(ニュータイプ)とその共存」という理想の下に統合され、従来の地球中心主義に異を唱える、新たな人類史のパラダイムとして提唱された。
ジオニズムの提唱は各サイドの人々に大きな共感を呼び、地球連邦政府の絶対民主性への不満や不信がジオン共和国への大きな追い風となった。
しかし、ダイクンはこの理念を制度化する前に急逝(あるいは暗殺)し、政権に空白が生じたことで、その理想は政治闘争の渦中に投げ込まれることとなる。
コントリズム(Contlirism)とは
コントリズムとは、ジオン・ズム・ダイクンが宇宙世紀0046年に唱えたジオニズム思想の根幹をなす理念であり、宇宙移民者(スペースノイド)による政治的自決権と自治の正当性を主張するものである。地球連邦政府による地球中心主義的な支配構造に対し、宇宙で生活する人類が独自の政治的主体として自立すべきであるという思想的立場に立つ。
この理念は単なる地方自治要求を超え、宇宙に適応した新たな文明圏の確立と、人類進化の先導者としてのスペースノイドの存在意義を肯定するものでもあった。ダイクンはこれを、地球の政治的重力から脱却するための理論基盤とし、やがて地球圏全体の権力構造を揺るがす思想運動へと発展させていくことになる。
エレズム(Ereism)とは
エレズムとは、ジオン・ズム・ダイクンが提唱したジオニズム思想のもう一つの柱であり、地球環境の保全と回復を人類の倫理的責務とする理念である。宇宙移民の進行と並行して、地球は人類の母なる星として「保護」されるべき存在であるとする思想であり、単なる環境保護主義にとどまらず、人類の文明的成熟と宇宙への拡張を両立させるための倫理的枠組みとして機能した。
この思想において、地球は無制限な資源搾取や人口集中の対象ではなく、精神的・象徴的な意味においても「聖域」として扱われる。エレズムは、地球圏における空間的主従関係を逆転させる思想的転換であり、コントリズムとともに、従来の地球中心的文明観に対抗する新たな宇宙時代の価値体系を形づくっていた。
ザビ家の台頭と公国体制の確立
デギン・ソド・ザビの擬似的「継承」
ダイクンの死後、その政権を引き継いだのは副首相であったデギン・ソド・ザビである。彼は当初こそ穏健派を装い、表向きにはダイクンの理念を尊重する姿勢を取ったものの、まもなくジオン共和国を事実上の王政へと改変し、自ら「ジオン公国」の公王を名乗った。
この政体変更により、「共和国」という制度的枠組みは放棄され、ダイクンが構想した“スペースノイドによる自発的自治”の理念は、強権的な支配構造へと置き換えられることとなった。
デギンは、政権の正統性を主張する根拠としてダイクンの名を利用したが、その理念的内容においてはほとんど継承していない。これは、理念の承継を装いつつ、実質的にはそれを逸脱・否定するという、いわば“思想の横領”と評すべき政治的操作であった。
ギレン・ザビによるジオニズムの再定義
デギンの長男、ギレン・ザビはジオニズムをさらに変質させる。彼はこの思想を「スペースノイドは選ばれた民であり、さらにその中の優良種がジオン国民である」という形で再構成し、実質的に選民思想と優生主義へと転化した。
ギレンのジオニズム解釈:
- 宇宙環境に適応したスペースノイドこそが進化した人類(ニュータイプ)である
- スペースノイドの中でも、ジオン国民は優良種である
- 地球に残る旧人類(オールドタイプ)は退化の象徴であり、支配・管理されるべき存在である
- ザビ家こそがその新秩序の指導者であるべき
この思想の変質によって、ジオニズムはもはや「宇宙に生きるすべての人類の未来像」ではなく、ザビ家を頂点とする体制正当化のイデオロギーとなった。
プロパガンダと暴力装置としてのジオニズム
教育とメディアによる思想統制
ジオン公国では、ジオニズムが国家の正式な教育方針に組み込まれ、学校教育からメディア報道に至るまでその思想が徹底的に刷り込まれた。
- 初等教育における「ダイクン賛美」と「ザビ家による継承」
- テレビ放送や出版物における反地球連邦プロパガンダ
- 軍事演習や式典におけるジオニズムの儀礼化
このような形でジオニズムは宗教的ナショナリズムの性格を強め、「選ばれた国民(スペースノイド)」という幻想を支える柱として機能していく。
一年戦争とジオニズムの暴走
宇宙世紀0079年、ジオン公国は地球連邦に対して宣戦を布告し、「一年戦争」が勃発する。この戦争の大義名分として用いられたのが、まさにザビ家が再定義したジオニズムである。
- スペースノイドによる「正義の解放戦争」
- 地球連邦の圧政からの脱却
- 自然な人類進化の促進(=ニュータイプ化)
だが、実際にはこれは単なる権力と資源の争奪戦であり、戦争そのものが本来のジオニズムとは無縁な暴力の連鎖に過ぎなかった。
このようにして、「理想によって人類を導く思想」は「国家による侵略の正当化論」へと成り果てたのである。
ザビ家によるジオニズム変質の構造的分析
グラムシ的ヘゲモニー論との照応
政治思想家アントニオ・グラムシが提唱した「ヘゲモニー(覇権)」理論によれば、支配階級は暴力による統治だけではなく、文化的・思想的支配を通じて民衆の同意を獲得する。
ザビ家はまさにこの「思想による支配=ヘゲモニー」を実行した。
- ダイクンの名声を用いた正統性の演出
- ジオニズムの選民思想化による帰属意識の創出
- 外敵(連邦)に対する敵意の操作
こうした手法は、ファシズム体制における「民衆の熱狂的支持」と本質的に共通しており、ギレン・ザビの演説や軍事パレードの様式美はその典型である。
イデオロギーとしての危うさ
ジオニズムの変質が示すのは、理想的な思想ほど政治利用されやすいという歴史的な皮肉である。
- 平等の理念が独裁の道具になる(共産主義の変質)
- 国家の団結が排外主義へと転じる(ナショナリズムの暴走)
- 進化論的思想が優生学に変わる(ニュータイプ論の危険性)
ザビ家によって歪められたジオニズムは、まさにこうした例の集大成であり、「理念の暴力化」を象徴するケーススタディといえる。
ザビ家の死とジオニズムの再評価
ギレンの死とザビ体制の崩壊
一年戦争終盤、ア・バオア・クー攻防戦にてギレン・ザビはキシリア・ザビによって暗殺され、ザビ体制は実質的に崩壊する。この過程で、ジオン公国の内部分裂と指導層の権力争いが露呈し、ザビ家のジオニズムは終焉を迎えることとなる。
宇宙世紀後期におけるジオニズムの再検討
その後、宇宙世紀0096年を描いた『機動戦士ガンダムUC』において、ダイクンの思想は再び評価される。主人公バナージ・リンクスは、「ニュータイプとは他者を理解する力」だと定義し直し、ダイクンが見た未来像の再構築を試みる。
つまり、ザビ家が歪めたジオニズムは、その後の世代によって再び人間主義的な思想として回収される可能性を持っているという物語的展望が示されている。
参考文献
- Wikipedia
- 『機動戦士ガンダム』 TVアニメ 制作:サンライズ
- 『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』 角川書店
- 『総解説ガンダム事典 Ver.1.5』 講談社
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