
序章|五十年を生きた要塞
サイド1宙域に浮かぶ、一個の岩塊があった。
もとは資源採掘のためだけに小惑星帯から曳航されてきた無機物の塊にすぎなかったこの天体は、ジオン公国の手によって装甲と砲門を与えられ、宇宙世紀史上もっとも過酷な攻防戦の舞台となった。地球連邦軍に奪われてからは名を変え、四年後には核兵器による奇襲を受け、さらにその数年後には反乱軍の攻撃で陥落する。それでもなお要塞としての機能を失わず、宇宙世紀0090年代に至るまで軍事拠点であり続けたと伝えられている。
一年戦争の緒戦から一年戦争後の抗争史の終盤まで——約半世紀にわたってソロモンという一つの舞台装置は、宇宙世紀史の重要な局面ごとに姿を現し続けた。本稿では、この要塞の「生涯」を時系列で追いながら、なぜこの要塞がこれほどまでに繰り返し戦場として選ばれ続けたのかを考えていきたい。
第1章|小惑星ソロモン、要塞と化す
ソロモンの起源は、他の多くの宇宙要塞と同様に軍事施設ではなかった。「ルナツー」などと同じく、資源採掘のためにアステロイドベルトから運ばれてきた小惑星の一つに過ぎなかったのである。それが一年戦争開戦前、ジオン公国軍によって軍事用に改装され、宇宙要塞としての姿を獲得した。
旧サイド1宙域という立地は、ジオン公国にとって決定的な意味を持っていた。ジオン公国の本国はサイド3にあり、ソロモンはその本国防衛網の一角を担う存在だったからである。防衛網はソロモン単独で構成されていたわけではない。同じくサイド3を守る拠点として、月面基地グラナダ、そして本国防衛の最終防衛線というべき巨大要塞ア・バオア・クーが存在し、この三点が連邦軍の本国侵攻を阻む盾となっていた。
ソロモンにはジオン公国軍宇宙攻撃軍が駐留し、ドズル・ザビ中将がその指揮官を務めた。ザビ家の中でも武人肌の人物として知られるドズルにこの重要拠点の指揮が委ねられていたこと自体が、開戦当初のジオン公国がソロモンに寄せていた戦略的信頼の大きさを物語っている。
コラム1|サイドとは何か——宇宙世紀の防衛構造
『機動戦士ガンダム』シリーズにおける「サイド」とは、ラグランジュポイントに建設されたスペースコロニー群の総称であり、宇宙世紀の人類の大半はこのサイドに居住している。ジオン公国はサイド3を本拠地とし、そこへ至る宙域には防衛拠点が多層的に配置されていた。ソロモン・グラナダ・ア・バオア・クーの三点はいずれも「サイド3への進入路を扼する関門」という共通の役割を持ち、一年戦争終盤の宇宙戦は、この三点を巡る攻防として展開していくことになる。
第2章|一年戦争終盤の戦略図
宇宙世紀0079年後半、戦局は大きく動いていた。地球侵攻を目論んだジオン公国軍のジャブロー降下作戦は連邦軍によって撃退され、オデッサ作戦の成功と合わせて、地球上における連邦軍の優位はほぼ確定的なものとなっていた。追い詰められたジオン公国は、本国防衛のための宇宙戦力の集結を余儀なくされる。
一方の地球連邦軍は、宇宙要塞ルナツーに着陣し、保有する13個艦隊を再編制した。レビル将軍が直率する第一連合艦隊(第1・第4・第6・第7艦隊)は予備兵力としてグラナダおよびア・バオア・クー方面からの反撃に備えて後方に控え、ティアンム提督が指揮する第二連合艦隊(第2・第3・第5・第9・第11・第13艦隊)がソロモン攻略の任を担うことになった。
だが、この戦力集結の期間、ジオン側では致命的な機能不全が生じていた。ザビ家内部の派閥抗争である。地球連邦軍の侵攻が差し迫っているにもかかわらず、前線への効果的な戦力集中が実現されずにいたのだ。ドズルはギレンとキシリアに対し繰り返し増援を要請したとされるが、政治的な思惑からその出し渋りが続いた。ドズルが「あの政治かぶれどもはいつか公国を滅ぼす」と憤慨したと伝えられる逸話は、この時期のジオン公国内部の分裂ぶりを端的に示している。
さらに踏み込んだ解釈として、ギレンはソロモンを一度「捨て石」とし、連邦軍に消耗を強いてから再度奪還すればよいという算段を持っていたともいわれる。事実、ドズルがギレンに増援を要請した際、送られてきたのは部品ごとに解体されたモビルアーマー「ビグ・ザム」たった1機のみであった。「このビグ・ザム1機で2、3個師団に匹敵する」と説くギレンに対し、ドズルは「戦いは数だよ兄貴!」と反論したと伝えられている。後にドズル戦死の報せを受けて落胆する父デギン公王に対し、ギレンが「(ソロモン死守にこだわった)武人の意地があれを滅ぼしたのです」と冷淡に言い放ったという逸話もまた、この戦略観を裏付けるものといえるだろう。すなわちソロモンの戦いは、単なる要塞攻防戦である以前に、政治指導部が前線指揮官を捨て駒として扱った悲劇としての側面を持っていた。史実の戦争においても、政治的意思決定の遅延や党派対立が現場の防衛体制を弱体化させる事例は繰り返し見られるが、ソロモンの戦いはその典型的な構図をなぞっているといえる。
第3章|チェンバロ作戦、始動
宇宙世紀0079年12月24日、地球連邦軍はソロモン攻略作戦を発動する。作戦名は「チェンバロ作戦」。
ソロモン要塞は、要塞砲・衛星ミサイル・浮き砲台などを全方位に張り巡らせた、文字通り鉄壁というべき防衛ラインを構築していた。正面からの攻略が極めて困難であることを悟った連邦軍が編み出したのが、太陽光を反射・集束させ膨大なビーム束として放つ新兵器「ソーラ・システム」であった。この光条で防衛ラインに大穴を穿ち、そこから全軍を一気に突入させる——それが連邦軍の基本構想である。
作戦の骨子は巧妙な陽動にあった。ソロモンの左方にはサイド1の残骸が、右方にはサイド4の残骸が漂っており、ティアンム提督はこの地形を利用した。ワッケイン大佐率いる第3艦隊をサイド4の残骸に潜ませて陽動部隊とし、その他の艦隊からなる本隊はサイド1残骸の背後に待機させる。第3艦隊が敵の注意を引きつけている間に、本隊が発見されぬままソーラーパネルの組み立てを完了させる——これが作戦の核心だった。作戦開始時刻は、サイド1残骸が太陽光反射に適した位置まで周回してくる約1時間前と定められていたという。
陽動を担う第3艦隊には、モビルスーツ隊が重点的に配備された。この部隊には、搭載艦の名から「ホワイトベース隊」の通称でも知られる第13独立戦隊も所属していたことは、この作戦がいかにこの一隊にとって重要な意味を持つ戦いであったかを物語っている。
コラム2|ミノフスキー粒子とビーム攪乱幕
作中世界における戦闘の様相を根本から規定しているのが「ミノフスキー粒子」という特殊な粒子である。これを一定濃度以上散布すると、電波によるレーダー探知が無効化されるほか、粒子濃度によってはビーム兵器の収束を妨げ威力を著しく減衰させる効果を持つ。チェンバロ作戦で連邦軍が用いた「ビーム攪乱幕」は、この特性を逆手に取り、意図的に高濃度のミノフスキー粒子を展開してソロモンのビーム兵器を無力化する戦術である。これにより敵の迎撃手段をミサイル等に限定させ、身動きの取りにくい艦隊戦へと敵を誘い込む狙いがあった。
コラム3|作戦名「チェンバロ」の由来をめぐる諸説
なぜ「チェンバロ」という鍵盤楽器の名が冠されたのか、作中では明確な説明がなされておらず、ファンの間でも議論の的となってきた。連邦艦隊総司令官レビル大将が「チェンバロの音を合図に進軍せよ」と発言したことに由来するという説が語られることもあるが、一次資料での裏付けは確認できておらず、真偽不明の逸話として留保しておくのが妥当だろう。
第4章|千機の会戦
0079年12月24日19時10分、第二連合艦隊がモビルスーツを発進させ、ソロモン攻略戦が本格的に開始された。
まず先陣を切ったのは、パブリク戦闘艇の部隊である。彼らの任務はビーム攪乱剤搭載ミサイルによる攪乱幕の敷設だった。要塞の対空砲火とガトル戦闘爆撃機の迎撃に晒され、多数の未帰還機を出しながらも、パブリク隊は幕の展開に成功する。記録によれば、この強行任務でパブリク隊はおよそ8割が未帰還となったとされ、緒戦における犠牲の大きさがうかがえる。
攪乱幕の展開を受け、ワッケイン大佐はMS部隊を艦隊前面に展開し、防衛ラインへの突入態勢を見せた。対するドズルもまたMS部隊を出撃させる。ミノフスキー粒子の影響でレーダーが機能しない中、両軍合わせて少なくとも千機以上のモビルスーツが宇宙空間で入り乱れる、当時としては前例のない規模の大会戦が発生した。
この会戦は、双方の技量差が色濃く反映される戦いでもあった。ジオン軍の主力はザクIIとリック・ドムであり、開戦から一年を経て練度・機体性能ともに練り上げられていた。対する連邦軍の主力はジムとボールであり、量産化はされていたものの、パイロットの多くは実戦経験に乏しかったとされる。それでも連邦側が善戦できた背景には、あらかじめ徹底された「三機一体」の連携行動があったといわれる。個々の技量差を組織的な連携で埋め合わせるという、連邦軍が地球上での消耗戦を通じて獲得した戦訓が、この宇宙戦においても活かされた形である。
サイド4方面での激しいMS戦は、結果としてドズルの判断を狂わせる一因ともなった。第3艦隊の艦艇数の少なさから陽動の可能性を察知していたドズルは索敵に全力を挙げていたが、目前で激化するMS戦にも対処せざるを得ず、この方面への戦力集中を決断する。この判断が、サイド1背後で進行していた本隊の展開を見逃す遠因となった。
第5章|太陽の刃、要塞を裂く
サイド4方面で最低15分以上の敵軍拘束を厳命されていた第3艦隊が、辛うじてその任務を果たしつつあった頃、サイド1側の第二連合艦隊本隊はソーラーパネル400万枚の組み立てをほぼ完了させていた。
ようやくこれに気づいたドズルは即座に長距離ビーム攻撃を命じたが、すでに展開されていたビーム攪乱幕によって威力を大きく減衰され、目標には届かなかった。衛星ミサイルによる迎撃も試みられたが、遠距離軌道上に浮かぶサイド1残骸そのものが障害物となり、命中は見込めなかった。連邦軍の真の狙いにようやく気づいたドズルは、戦艦グワランを中核とする主力艦隊の緊急出撃を命じ、ソーラ・システムそのものの破壊を図る。だが、サイド4方面で交戦中のMS隊にも同様の命令を伝えようとしたものの、すでに混戦状態にあり実行は叶わなかった。
副官のラコック大佐からは、月面基地グラナダのキシリアに援軍を要請してはどうかとの進言があったが、ドズルはこれを退けている。この決断の是非は評価が分かれるところだが、ザビ家内の政治的緊張関係を考えれば、独力での防衛にこだわらざるを得なかった事情も想像に難くない。
そして、ティアンム提督が照射命令を発する。ソーラ・システムから放たれた膨大な太陽光線ビームは、針路上の衛星ミサイルと浮き砲台を呑み込みながらソロモンの第6スペースゲートに直撃し、繋留されていた艦隊もろとも一瞬で蒸発させた。照射はそのまま焦点をずらしつつ要塞本体を抉るように続けられ、ソロモンは要塞設備・守備部隊の双方に甚大な被害を受けることになる。
かろうじて照射を免れたソロモン主力艦隊は突進を続け、ソーラ・システム前面に躍り出た第二連合艦隊との間で激しい艦隊戦が生起した。この戦闘でソーラ・システムの一部が破壊されるという戦果もジオン側は挙げたが、ソロモン主力艦隊もまた多数の艦艇が大破・音信不通となり、防衛ラインを突破した第二連合艦隊は、開いた穴から要塞内部へ一斉に突入していった。
第6章|ドズル・ザビ、最後の突撃
要塞内部への突入を許した時点で、ソロモンの陥落はもはや時間の問題となっていた。ドズルはサイド4方面のMS隊を呼び戻すと同時に全防衛ラインの放棄を決断し、敵艦隊を要塞本体まで引きつけて叩く水際迎撃作戦への転換を図る。同時に、妻子や侍女たちを避難カプセルに乗せ脱出させた。この判断からは、指揮官である以前に一人の家長としてのドズルの姿が垣間見える。
同じ頃、月面基地グラナダの司令官キシリア・ザビは、マ・クベ大佐の艦隊とシャア・アズナブル大佐率いるザンジバル隊のソロモン派遣を決定した。だが、ソロモンの戦況悪化があまりに急速であったため、両艦隊とも救援は間に合わないことになる。
指揮系統が寸断され、組織的抵抗が不可能となったソロモンで、ドズルはついに要塞放棄を決断する。副官のラコック大佐に残存艦艇とMS隊をまとめて脱出させるよう命じた上で、自らはその殿を務めるべく試作モビルアーマー「ビグ・ザム」に単身乗り込み、陣頭指揮に立った。
ソロモンから脱出しア・バオア・クー方面へ向かう残存艦隊を確認したティアンム提督は、二度目のソーラ・システム照射を指示し、撤退中の艦艇の大半を葬り去る。ジオン側の損失は目を覆うばかりのものとなったが、この土壇場で戦局は一時的に逆転する。味方を逃すための捨て石として出撃したドズルのビグ・ザムが、結果的に絶妙なタイミングで戦場に投入されることになったのである。
ソロモン要塞に肉迫していた第二連合艦隊にそのまま突入したビグ・ザムは、強力なIフィールド・ビームバリアで艦砲を無効化しながら縦横無尽に暴れ回り、大型メガ粒子砲でティアンム提督旗艦「タイタン」を撃沈、機体水平全周に備えられたビーム砲の斉射で連邦軍のサラミス級巡洋艦やモビルスーツを次々と葬っていった。この局地的な逆転劇によって第二連合艦隊は一時壊乱状態に陥り、指揮官を失うという大きな代償を払うことになる。
だが趨勢を覆すには至らなかった。救援に駆けつけた第3艦隊のMS隊がビグ・ザムを包囲し集中攻撃を加え、最終的には第13独立戦隊のガンダムが止めを刺した。爆炎に包まれ崩落するビグ・ザムと運命を共にし、ドズル・ザビは戦死する。
このドズル最期の場面には、単なる撃墜シーン以上の意味が込められているとされる。機体が戦闘不能となってもなお、ドズルは銃を手に取り、大破したビグ・ザムから身を乗り出して「ジオンの栄光」「この俺のプライド」といった叫びとともにガンダムへ銃撃を続けたと伝えられる。その最期の瞬間、彼の背後には悪鬼とも亡霊ともつかない奇妙な幻影が広がり、ガンダムのパイロットを驚愕させたという。
この幻影について定まった解釈は存在しないが、一つの見方として、家族を愛し部下を思いやる人格者でありながら、戦場に立てばザビ家の軍人としての「業」に従い迷わず死を選ぶ——そうした人間性を剥奪された存在への変容を、ニュータイプとして覚醒しつつあった若きパイロットが直感的に感じ取ったのではないか、という解釈がある。すなわち幻影とは、「大義に取り憑かれ自己を失った者の妄執」そのものの視覚化であり、戦争という制度が人間から人間性を奪っていく過程の象徴として描かれた、という読み方である。
こうしてソロモン最後の指揮官は、政治に翻弄され、増援を得られず、それでも武人としての意地を貫いて戦場に散った。ラコック大佐率いる脱出艦隊もまた、追撃してきた第13独立戦隊とソーラ・システムの第2射によって大きな損害を被っている。指揮系統を失い、もはや組織的な抵抗が不可能となったソロモンに連邦軍が突入し、難攻不落と謳われた宇宙要塞は、わずか一日の戦闘で陥落した。
コラム4|ビグ・ザムの設計思想とジオン公国章モチーフ説
ビグ・ザムは全高約60メートルに及ぶ、ジオン公国軍屈指の巨大モビルアーマーである。ジャブロー攻略を見据え、圧倒的な攻撃力と防御力を兼ね備えることを目標に開発が進められた結果、機体は大型化の一途をたどったとされる。緑色の大型楕円状・円盤型の胴体に二本の脚部を持つという特異な外見は、ジオン公国の紋章をモデルにしているという説がファンの間で語られてきた。乗員定数は3名だが、操縦系統の切り替えにより1名でも操縦可能な設計になっていたという。皮肉にも、この「公国の栄光を体現する兵器」を単身駆って散ったのが、公国の武人としての誇りに殉じたドズルであったという構図は、記号論的に見ても示唆的である。
第7章|陥落、そしてコンペイトウへ
戦闘の結果、双方に甚大な損害が刻まれた。地球連邦軍側は、ソーラ・システムを活用して作戦を計画通りに進めたものの、陥落目前でのビグ・ザムの反撃によって大きな損害を被り、結果的に投入した宇宙戦艦の半数を喪失することになった。モビルスーツ隊もまた、練度不足にもかかわらず善戦したとはいえ、半数近くを失っている。序盤に投入されたパブリク戦闘艇に至っては、8割が未帰還という凄まじい損耗率であった。
指揮官ティアンム提督の戦死という痛手もあり、続く星一号作戦(ア・バオア・クー攻略作戦)に向けては全軍の再編制が行われた。第一連合艦隊と第二連合艦隊はいったん解散され、全艦隊は3個の「大隊」へと再編成の上、ジオン本国攻略戦へと臨むことになる。
要塞を占領した地球連邦軍は、これを「コンペイトウ」と改名した。星一号作戦の橋頭堡として、以後この要塞は連邦軍の宇宙戦略における重要拠点としての第二の生涯を歩み始める。
第8章|亡霊たちの要塞
占領直後のコンペイトウは、決して平穏な拠点ではなかった。連邦軍各艦隊が戦力の再編制と要塞施設の修理修繕にあたっていたさなか、周辺宙域で謎の攻撃が相次いだのである。
正体は、ザンジバル隊から派遣されたモビルアーマー「エルメス」による長距離遠隔攻撃であった。エルメスから放たれる小型兵器「ビット」はあまりに小さく、連邦側の乗員たちはこれを視認できなかった。ただ「ラ・ラ」という不気味な音とともに突然爆発が起きるのを目撃するのみであり、この現象はやがて「ソロモンに巣食う悪霊の仕業」という噂を生むことになる。
エルメスを操縦していたのは、フラナガン機関で育成されたニュータイプの少女、ララァ・スン少尉であった。サイコミュシステムを介したオールレンジ攻撃によって連邦軍艦船やモビルスーツを次々と撃破するその戦いぶりから、彼女はやがて「ソロモンの亡霊」という異名で恐れられるようになる。実戦初日にして戦艦4隻を撃沈するに至ったともいわれ、その戦果はまさに空前のものであった。
ここで注目したいのは、「亡霊」という言葉の反復である。第6章で見たように、ドズル・ザビの最期の瞬間にもまた、悪鬼とも亡霊ともつかない幻影が現れていた。ソロモンという舞台では、指揮官の最期にも、その後の占領地での恐怖にも、共通して「見えざる死」のイメージがまとわりついている。これは単なる偶然の符合と片付けるにはあまりに出来すぎているようにも思える。要塞そのものが、そこで斃れた者たちの怨念を宿す場として物語上機能させられている——そうした演出上の一貫性を読み取ることも、あながち牽強付会とはいえないだろう。
コラム5|サイコミュとニュータイプ——見えない敵はなぜ生まれたか
「サイコミュ」とは、パイロットの脳波を増幅・変換し、有線・無線を問わず武装ユニットを念動的に操作することを可能にする技術体系である。とりわけニュータイプと呼ばれる高い感応能力を持つ者がこれを扱うと、視認困難なほど小型・高速の武装(ビット、ファンネルなど)による、いわゆる「オールレンジ攻撃」が可能となる。エルメスによるコンペイトウ攻撃が「悪霊の仕業」と誤認されたのは、この技術がまだ連邦軍にとって未知の脅威であったことの裏返しでもある。目に見えない敵という恐怖の演出は、この時代の宇宙世紀作品に繰り返し現れるモチーフである。
第9章|0083年、観艦式の悲劇
星一号作戦から4年の歳月が流れた宇宙世紀0083年11月10日、コンペイトウでは一つの式典が予定されていた。ジオン公国軍残党や地球圏の一般市民に対し連邦軍の威信を示すための観艦式である。
だが、この式典を当時最大のジオン残党勢力「デラーズ・フリート」が襲撃した。周辺宙域では激しいモビルスーツ戦が展開されたが、実はこのMS部隊は陽動に過ぎなかった。デブリ帯——先のソロモン海戦で生じたデブリが周辺宙域に散乱しており、その中には無人の警備衛星も潜んでいたとされる——を経由し、アナベル・ガトー少佐が操縦する「ガンダム試作2号機」が防衛網を突破する。
艦隊に急接近したガンダム試作2号機は、旗艦バーミンガムに向けて核弾頭を搭載した戦術核兵器「アトミック・バズーカ」を放った。この一撃により、参加艦隊の3分の2、実質的に連邦軍が保有する艦艇の過半数が撃沈ないし行動不能に陥ったとされる。核兵器の使用は宇宙世紀の国際秩序において南極条約で明確に禁じられた行為であり、デラーズ・フリートによるこの攻撃は、単なる軍事的奇襲を超えて、条約体制そのものへの重大な違反として位置づけられる。ガトーはこの奮戦により、後に「ソロモンの悪夢」と称されることになった。
かつて「ソロモンの亡霊」と呼ばれたララァの戦いから四年、今度は「ソロモンの悪夢」と呼ばれるガトーが同じ宙域で伝説を刻む——この二つ名の連鎖もまた、ソロモンという場所が繰り返し「恐怖の代名詞」を生み出し続けてきたことを示している。
この一撃を受けてもなお、コンペイトウの基地機能が完全に失われたわけではなかった。
第10章|要塞のその後——グリプス戦役から先へ
観艦式事件後、コンペイトウは連邦軍によって修復が続けられた。後のグリプス戦役においては、地球連邦軍から分離した治安維持組織ティターンズの拠点の一つとして運用され、内部の工廠ではガンダムTR-1をはじめとするTRシリーズの機体開発が進められたと伝えられている。
だがグリプス戦役末期、コンペイトウは反ティターンズ組織エゥーゴの攻撃と、要塞内部のシンパによる武装決起によって陥落する。以後は再び地球連邦軍の鎮守府としての役割に戻り、続く第一次ネオ・ジオン抗争においても引き続き運用された。
その後、第二次ネオ・ジオン抗争以降は旧サイド1宙域が主戦場となることがなく、コンペイトウが表舞台に立つ機会は失われていった。それでも一部の作品では、宇宙世紀0120年代に至ってもなお連邦軍の宇宙拠点として存在し続けていたことをうかがわせる記述が見られる。
小惑星として生まれ、ジオンの要塞となり、連邦の要塞となり、ティターンズの工廠となり、そして再び連邦の鎮守府となる——ソロモンという一つの天体は、宇宙世紀の主要な政治的転換のたびに、常にどちらかの陣営の拠点として姿を現し続けた。これほど長期にわたり作中史の節目に登場し続ける舞台装置は、宇宙世紀作品全体を見渡しても稀有な存在といえるだろう。
終章|なぜ「ソロモン」なのか
最後に、この要塞の名称そのものに立ち返りたい。
「ソロモン」という名の由来については、大きく二つの説がファンの間で語られてきた。一つは古代イスラエルの王、ソロモン王に由来するという説。もう一つは、太平洋戦争における激戦地、ソロモン諸島に由来するという説である。
後者を補強する material として興味深いのは、後年の関連作品における設定の作り込みである。小説版『機動戦士ガンダム0083』では周辺海域の管制区に実在の島の名がつけられており、同作の音声ドラマ「ルンガ沖砲撃戦」の名称は、史実のガダルカナル島にあるルンガ岬、およびその近海で生起した「ルンガ沖夜戦」に由来しているとされる。これらの符合を踏まえると、制作陣が意図的に太平洋戦争のソロモン諸島戦線をモチーフとして重ね合わせていた可能性は高いように思われる。
史実のガダルカナル島の戦いは、1942年8月から1943年2月にかけて、日本軍と連合軍が西太平洋ソロモン諸島のガダルカナル島を巡って繰り広げた激戦であり、ミッドウェー海戦と並んで太平洋戦争における攻守の転換点として位置づけられている。日本軍は飛行場の争奪を巡り一木支隊・川口支隊・第二師団と逐次投入を重ねながらいずれも奪還に失敗し、補給の途絶と飢餓によって多大な犠牲者を出し、この島は後に「餓島」とまで呼ばれることになった。この敗北を境に、日本軍は太平洋戦線において攻勢から守勢へと転じていく。
興味深いのは、フィクションのソロモン攻略戦と史実のガダルカナル島の戦いが、「転換点となる激戦」という位置づけを共有しながらも、その様相においては対照的である点だ。史実のガダルカナル戦が半年にわたる凄惨な消耗戦であったのに対し、劇中のソロモン攻略戦はわずか一日で決着している。史実では守る側(日本軍)が飛行場を奪い返せずじわじわと消耗していったのに対し、劇中では守る側(ジオン軍)が新兵器ソーラ・システムという一撃によって防衛線を一気に破られている。名称という表層的なモチーフの共有の奥に、「物量と補給が趨勢を決める」という第二次大戦的な戦争観と、「一つの決戦兵器が戦局を覆す」というSFアニメ的な戦争観との、方法論的な違いが透けて見えるようにも思える。
いずれにせよ、この要塞に与えられた名は、単なる思いつきの命名ではなく、史実の激戦地の記憶を下敷きにした、極めて意図的な設計であった可能性が高い。ソロモンという舞台が繰り返し「亡霊」「悪夢」といった言葉とともに語られ続けてきたのも、あるいはその名に込められた、史実の戦場が刻んだ記憶の重みと無関係ではないのかもしれない。
コラム6|小説版・『THE ORIGIN』・『GQuuuuuuX』における「もう一つのソロモン」
富野喜幸(現・由悠季)名義で執筆された小説版『機動戦士ガンダム』では、ドズル・ザビが指揮する最前線基地という基本設定こそアニメ版と共通するものの、展開は大きく異なる。この版では連邦軍がまずグラナダを陥落させ、次いでソロモンを素通りしてア・バオア・クーへと目標を定めたため、激怒したドズルが自ら艦隊を率いて連邦軍の背後を突こうとする。しかしコレヒドール宙域(ソロモンとア・バオア・クーの中間地点)でモビルスーツ部隊の迎撃を受け、ビグ・ザムごと戦死する。皮肉にも、大艦巨砲主義がモビルスーツの機動力の前に敗れ去った緒戦のルウム戦役を、自ら再現するかのような結末である。この版では宇宙要塞ソロモン自体は最後まで無傷のまま終戦を迎える。
一方、近年の作品『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』では、シャア・アズナブルがサイド7でガンダムとペガサス(ホワイトベース)を奪取するという分岐した世界線が描かれる。この世界線でも連邦軍によるソロモン攻略自体は原典と同様に行われるが、ビグ・ザムを撃破したのはアムロ・レイのガンダムではなく、セイラ・マス(アルテイシア・ソム・ダイクン)が搭乗する量産機「軽キャノン」であった。占領後のソロモンを巡る展開もまた原典とは大きく異なる。ジオン側がソロモンを月面基地グラナダへ落下させる兵器として利用しようとする作戦が持ち上がり、これを阻止すべくシャアとシャリア・ブルがソロモン内部に潜入するが、そこで思いがけずセイラの軽キャノンと遭遇するという、原典のドラマとはまったく異なる筋書きが展開される。同じ「ソロモン」という舞台が、作品や版によって異なる結末を辿り続けているという事実そのものが、この要塞が宇宙世紀の物語作家たちにとっていかに象徴的な「使い勝手のよい戦場」であり続けているかを物語っている。
参考文献
一次情報(原作)
- テレビアニメ『機動戦士ガンダム』(サンライズ、1979年)
- 劇場版三部作『機動戦士ガンダムI/II/III』(1981〜1982年)
- 小説版『機動戦士ガンダム』(富野喜幸〔現・富野由悠季〕著)
- 漫画『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』(安彦良和著)
- OVA『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』および劇場版『ジオンの残光』
- テレビアニメ『機動戦士Ζガンダム』
- テレビアニメ『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』(2025年)
二次情報(参照ウェブサイト)
- Wikipedia日本語版「ソロモン (ガンダムシリーズ)」
- Wikipedia日本語版「ソーラ・システム (ガンダムシリーズ)」
- Wikipedia日本語版「第13独立部隊」
- Wikipedia日本語版「ザビ家」
- Wikipedia日本語版「機動戦士ガンダムの登場人物 ジオン公国軍(た行-わ行)」
- Wikipedia日本語版「マ・クベ」
- Wikipedia日本語版「ガンダムTR-1」
- Wikipedia日本語版「エルメス (ガンダムシリーズ)」
- Wikipedia日本語版「ジオン公国」
- Wikipedia日本語版「機動戦士Gundam GQuuuuuuX」
- Weblio辞書「ソロモン (ガンダムシリーズ)」
- Weblio辞書「ソロモン」(旧約聖書王ソロモン項)
- ピクシブ百科事典「ソーラ・システム」
- ピクシブ百科事典「ソーラレイ」
- ピクシブ百科事典「アトミックバズーカ」
- ピクシブ百科事典「ガンダム試作2号機」
- ピクシブ百科事典「南極条約 – ガンダム」
- ピクシブ百科事典「ドズル・ザビ」
- ピクシブ百科事典「ギレン・ザビ」
- ピクシブ百科事典「マ・クベ」
- ピクシブ百科事典「宇宙要塞ソロモン」
- ピクシブ百科事典「ティターンズ」
- ピクシブ百科事典「グリプス戦役」
- ピクシブ百科事典「ガンダムTR-1」
- ピクシブ百科事典「ティターンズの旗のもとに」
- ピクシブ百科事典「T3部隊」
- ピクシブ百科事典「ビグ・ザム」
- ピクシブ百科事典「ソロモン」(総称項目)
- サンライズWiki (Fandom)「ソーラ・システム (ガンダムシリーズ)」
- サンライズWiki (Fandom)「ビグ・ザム」
- ガンダペディア The Gundam Wiki (Fandom)「ドズル・ザビ」
- ガンダペディア The Gundam Wiki (Fandom)「ソロモン (ガンダムシリーズ)」
- ガンダムWiki「ドズル・ザビ」
- ガンダムWiki「ティターンズ」
- ガンダムWiki「ガンダム試作2号機」
- ガンダムWiki「エルメス」
- ガンダムWiki「ソロモン」
- ガンダムWiki「ビグ・ザム」
- ニコニコ大百科「ドズル・ザビ」
- ニコニコ大百科「ソロモン (ガンダムシリーズ)」
- ガンダムチャンネル マニュアル「ドズル・ザビ」
- ガンダムチャンネル マニュアル「ララァ・スン」
- ガンダム入門塾【一年戦争編】「ドズル・ザビ」
- ガンダム入門塾【一年戦争編】「連邦の『ソーラーシステム』とジオンの『ソーラ・レイ』。その選択と利点・欠点とは?」
- スーパーロボット大戦Wiki「ソーラ・システム」
- スーパーロボット大戦Wiki「ソロモン」
- note「第27回初心者のための機動戦士ガンダム解説『ソロモン攻略戦』」(なかむらひろし)
- note「脱出ロケットを回収しようとしまいと、マ・クベはソロモン戦には間に合わない。」(穴藤)
- note「セイラ・マスがGQuuuuuuXでどうなったのかを考察」
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